
ボッチャ 歴史
ボッチャは、ヨーロッパで生まれた重度脳性麻痺者もしくは同程度の四肢重度機能障害者のために考案されたスポーツで、パラリンピックの正式種目(1988年ソウルパラリンピック~)です。
1. クラス分けの歴史と変遷
パラリンピックにおけるクラス導入の歴史。
| 年 | 大会・出来事 | 状況 | 追加されたクラスとその背景 |
| 1984 | ニューヨーク ストークマンデビル | 公開競技として紹介 | まだ明確なBCクラス分けはなく、脳性麻痺者(CP)のスポーツとして紹介されました。 |
| 1988 | ソウル | 公式競技化 | BC1、BC2 のみが設置されました。 当時は「脳性麻痺」の選手のみが対象でした。 |
| 1996 | アトランタ | BC3 追加 | BC3(ランプ使用) クラスが新設されました。 これにより、自力でボールを投げることができない最重度の障がいを持つ選手も、補助具を使って参加できるようになりました。 |
| 2004 | アテネ | BC4 追加 | BC4(非脳性麻痺) クラスが新設されました。 筋ジストロフィーや四肢障がいなど、「脳性麻痺以外」の重度障がいを持つ選手にも門戸が開かれました。 |
2. 各クラスが生まれた背景(なぜ分かれたのか?)
現在のクラス分けは、障害の種類(脳性麻痺か、それ以外か)と、投球能力(手で投げられるか、道具を使うか)によって整理されています。
- BC1 & BC2(原点):
- ボッチャの起源である「脳性麻痺者」のためのクラスです。
- BC1は障害が重く、足で蹴る選手や介助者の補助が必要な選手。BC2はBC1よりは軽く、自力でボールを持ち上げて投げられる選手(介助者なし)と分けられました。
- BC3(最重度への拡大):
- 「手でボールを持てない・投げられない選手」にもスポーツの機会を作るために生まれました。
- 勾配具(ランプ)とアシスタント(介助者)を使う独自のスタイルが確立されました。
- BC4(疾患の拡大):
- それまで「脳性麻痺ではない」という理由で参加できなかった、筋力が低下する病気(筋ジストロフィーなど)や重度四肢機能障害の選手のために作られました。
- 投球動作はBC1/BC2に近いですが、脳由来の障害ではないため、別のクラスとして独立しました。
- BC3との違いは、アシスタント(介助者)はつけることができますが、勾配具(ランプ)が使えないことです。
参考:最新の動き
近年では、BC1〜BC4の枠に収まらない選手(オープンクラスやBC5と呼ばれることもあります)のための区分を設ける大会も国内・海外の一部で出てきており、よりインクルーシブなスポーツへとさらに進化を続けています。
JAPAN BOCCIA CLUBの大会では全ての参加者の枠を同じにし開催しています。

ボッチャ(Boccia)の語源はイタリア語のボール(Bocce)からきている。
パラリンピックボッチャの歴史
1948年 ストークマンデビル競技大会がはじまる。後のパラリンピック。
1960年 ローマオリンピック後に行われた大会が、後に第一回パラリンピックとなる。
1964年 東京オリンピックの翌年に開催された第二回大会で「パラリンピック」の呼び名が使われる「パラプレジア(下半身麻痺)」+「オリンピック」
1984年 ニューヨーク・ストークマンデビルパラリンピックでボッチャが紹介される。
1988年 ボッチャがソウルのパラリンピックで公式競技(BC1,BC2クラスのみ)正式種目になる。
※参加者の障がいの種類が多様になるにつれ「パラレルの(もう一つの、並行の)オリンピック」の意味に変化。
1996年 アトランタパラリンピック(BC3クラス)
2004年 アテネパラリンピック(BC4クラス)
2008年 北京パラリンピック
2012年 ロンドンパラリンピック 日本人団体初の入賞(混合団体1-2 7位)
2016年 リオパラリンピック 日本人団体初の銀メダル(混合団体1-2 銀)
2020年 東京パラリンピック 日本人選手初の金メダル(混合個人BC2 金)(混合ペアBC3 銀)(混合団体1-2 銅)
2024年 パリパラリンピック 銅メダル(個人BC1女子)(団体戦BC1/BC2混合チーム)

「JAPAN BOCCIA CLUB」は障がい者だけではなく、幼児から年配者まで健常者も交え、ボッチャを通じてスポーツを楽しむ団体です。