日本人が「ボッチャを知っているのにやらない」理由

①「ボッチャ=障害者スポーツ」というイメージ

パラリンピックで知った人が多いので、どうしても「自分がやるスポーツ」というより「障害者がやるスポーツ」と認識されやすい。

これはボッチャにとってかなり大きな壁です。

じゃっくまん

ボッチャは障がい者のスポーツではなく、健常者もできるユニバーサルスポーツです


②「簡単そう」に見える

これも皮肉なところ。

ボールを転がして白いボールに近づける。

一見すると、

「これなら誰でもできそう」

となる。

じゃっくまん

実際は思ったところに止まらないよ。


③「どこでやるの?」問題

これがかなり大きい。

「ボッチャって知ってる?」

→「知ってる」

「じゃあ、やったことある?」

→「ない」

「じゃあ、やってみる?」

→「どこでできるの?」

ここで止まる。

野球、サッカー、バスケ、テニスなどは「どこでやるか」のイメージが比較的あります。

ボッチャは、

知っているけど、自分の日常生活とつながっていない。

じゃっくまん

どこでもやってないよね〜


④ 一緒にやる人がいない

これも重要です。

スポーツは「競技」だけではなく、一緒にやる仲間が必要です。

「ボッチャをやりたい!」

と思っても、友達が知らない。

家族もやらない。

職場でもやらない。

学校でも普段はやらない。

すると、

じゃっくまん

「まあ、やらなくてもいいか」

となるよね


⑤ ボッチャをやる「きっかけ」が少ない

実はここが一番重要かもしれません。

人は必ずしも、

「面白そうだから始める」

わけではありません。

  • 友達に誘われた
  • 学校でやった
  • 会社の研修でやった
  • 地域のお祭りで体験した
  • 子どもがやっている
  • 大会を見た
  • SNSで面白そうな動画を見た

こういう偶然の接点から始まることが多い。

だからボッチャには、

「知る」→「体験する」

の間にある大きな空白を埋める必要があります。

じゃっくまん

じゃっくまんとボッチャしよ


そして、もう一つ大きな理由

「ボッチャをやると何が楽しいのか」が伝わっていない

ことも大きいと思います。

「誰でもできます」

「障害の有無に関係なくできます」

「高齢者でもできます」

「子どもでもできます」

これは全部正しい。

でも、これだけでは、

「だから、やりたい!」

にはなりません。

例えば、

「ボッチャはめちゃくちゃ頭を使う!」

「最後の1球で大逆転できる!」

「相手の心理を読んで投げる!」

「この一球で2点取るか、1点を守るか……」


じゃっくまん

こういうゲームとしての面白さを伝えれたら、「やってみたい」に近づくよね。

ぼっちゃまん

「たのしそーから たのしむへ」 

「やってみたらできちゃった」だ!

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じゃっくまん

JACKMAN

JAPAN BOCCIA CLUB 代表

「たのしそー」から「たのしむへ」それが、最初でした。
投げて、考えて、ときには教えて。
「やってみたら」「できちゃって」
スポーツの見方が変わったり、人との出会いが増えたり、
「うれしかったり」「ドキドキしたり」
今まで気にしなかった「なぜ?」が気になったり。
そして気づけば、
ボッチャに関わることで、世界の見え方まで変わっていました。
「笑顔になったら」「輝いた」
そんな、ボッチャから広がる世界を
じゃっくまん目線で綴っています。

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