ボッチャはスポーツなのか?ゲームなのか?

― なぜボッチャだけ「スポーツ性」が半分を下回るのか

「ボッチャはスポーツですか?」

そう聞かれたら、当然、

「はい、スポーツです」

と答えます。

競技として成立し、ルールがあり、大会があり、選手がいて、勝敗を競う。

疑いようもなくスポーツです。

しかし、少し違う角度から考えてみましょう。

スポーツには、

「身体を使って実行する部分」

「頭を使って判断する部分」

があります。

これをあえて、

スポーツ性 × ゲーム性

として考えてみます。

すると、面白いことが見えてきます。


多くのスポーツは「スポーツ性」が50%を超える

例えば100m走。

ほとんどが、

身体能力+身体技術

です。

「次の一手はどうする?」

という選択は、ほとんどありません。

だから極端に言えば、

スポーツ95:ゲーム5

くらい。

サッカーなら、

スポーツ65:ゲーム35

くらいでしょう。

走る、蹴る、当たる、競り合う。

そこに戦術や判断が加わります。

バスケットボールも、

スポーツ60:ゲーム40

くらい。

身体能力、シュート、ドリブルなどの技術に加えて、状況判断や戦術が重要になります。

つまり、多くのスポーツでは、

「身体で実行すること」の比重が50%を超えています。


ところが、ボッチャは違う

ボッチャを同じ視点で考えてみます。

あえて数字にするなら、

スポーツ40:ゲーム60

くらいではないでしょうか。

もちろん、この数字は科学的な測定値ではありません。

競技の性質を考えるための仮説です。

しかし、この「50%を下回る」というところに、ボッチャの特徴が見えてきます。


競技スポーツ性ゲーム性特徴
陸上100m95 5ほぼ身体能力・技術
水泳9010身体能力+技術
マラソン90 10ペース配分・駆け引きもある
バレーボール7525技術+状況判断・戦術
サッカー6535技術・身体能力+判断・戦術
バスケットボール6040身体能力+戦術・判断
テニス60 40技術+相手との駆け引き
卓球5545技術+戦術・読み合い
カーリング45 55技術+戦略・配置
ボッチャ40 60技術+意思決定・戦略
将棋5 95ほぼ意思決定

これは科学的に測定された割合ではなく、「競技の勝敗に身体的な実行と意思決定がどの程度関与するか」という観点からの目安です。

なぜボッチャは「スポーツ性」が50%を下回るのか?

理由は、

一球を投げるまでの「判断」が非常に大きいからです。

例えば、

ジャックボールの位置を見る。

自分と相手のボールを見る。

残り球を見る。

得点を見る。

相手の技術を考える。

自分の技術を考える。

リスクを考える。

投球方法を選ぶ。

狙う場所を決める。

ようやく投げる。

ここまでが、

「一球を投げる前」

です。

つまりボッチャでは、

ボールが動いている時間より、ボールを動かす前に考えている時間の方が重要な場面がある。

これが非常に特殊です。


「投げる」より「選ぶ」

ボッチャの本質を一言で表すなら、

「投げるスポーツ」ではなく、「選ぶスポーツ」

なのかもしれません。

もちろん、投球技術は重要です。

狙った場所に投げられなければ勝てません。

しかし、

「どこに投げるか」

を間違えれば、

どれだけ正確に投げても意味がありません。

逆に、

完璧な投球ではなくても、

戦術的に正しい場所に置く

ことで試合を有利にできる場合があります。


だから「上手い人」の定義も違ってくる

例えば野球なら、

「速い球を投げられる」

「遠くに打てる」

という身体的・技術的な能力が非常に重要です。

もちろん判断も必要ですが、

実行能力そのものが勝敗に直結します。

ボッチャでは、

「狙った場所に投げられる」

だけでは足りません。

その前に、

「そもそも、そこに投げるべきなのか?」

を考えなければならない。

だからボッチャの上級者は、

「投げるのが上手い人」だけではなく、「選択するのが上手い人」

でもあるのです。


ここにボッチャの「ゲーム性」がある

ゲームには、

選択肢

があります。

Aを選ぶか。

Bを選ぶか。

リスクを取るか。

安全策を取るか。

相手を攻めるか。

守るか。

ボッチャでは、これが一球ごとに発生します。

しかも、自分の選択によって、

相手の次の選択肢まで変わります。

つまり、

自分の一手

相手の選択肢

相手の一手

自分の次の選択肢

という連鎖が起きます。

これは非常にゲーム的です。


それでもボッチャは「ゲーム」だけではない

ここが重要です。

もし、

スポーツ40:ゲーム60

だからといって、

「ボッチャはゲーム寄りの遊び」

ということではありません。

むしろ、

40%の身体的実行が、60%の判断を現実の結果に変える

ところにボッチャの面白さがあります。

頭の中で、

「ここに置けば勝てる」

と思っても、

実際にそこへ投げられなければ意味がない。

だから、

判断 × 技術

が必要になります。


ボッチャは「身体能力の差」を小さくし、「判断の差」を大きくできる

ここはボッチャを考えるうえで非常に重要なポイントです。

多くのスポーツでは、

身長。

体格。

スピード。

パワー。

ジャンプ力。

持久力。

などの身体的要素が大きな武器になります。

もちろんボッチャにも身体的・技術的な差はあります。

しかし、ボッチャでは、

「どう投げるか」だけでなく、「何を選ぶか」

が勝敗に大きく影響します。

だから、

身体能力だけでは説明できない強さ

が生まれます。


だからボッチャは「誰でもできる」のに、極めると難しい

初心者なら、

「白いボールに近づける」

だけで楽しめます。

でも、競技として深くなると、

「なぜそこに置くのか?」

が重要になります。

さらに、

「そこに置いたら相手はどうする?」

となる。

そして、

「相手がそうしたら、自分はどうする?」

となる。

最終的には、

「今の一球で、数手先の状況をどう作るか?」

まで考える。

入口は簡単。

しかし、

奥に行けば行くほど「考えること」が増えていく。

これがボッチャです。


「スポーツ性50%」という境界線

ここが今回の記事で一番面白いところです。

仮に、

スポーツ性50:ゲーム性50

を境界線としましょう。

多くのスポーツは、

スポーツ性 > ゲーム性

です。

ところがボッチャは、

スポーツ性 < ゲーム性

になる。

つまり、

「身体を使うこと」より

「何をするかを決めること」の方が、

勝敗に大きく影響する。

この可能性がある。

だからこそボッチャは、

スポーツとゲームの境界に立つ競技

とも言えるのではないでしょうか。


そして、これがボッチャの最大の魅力かもしれない

ボッチャは、

「身体能力が高い人が勝つ」

だけのスポーツではない。

「技術が高い人が勝つ」

だけでもない。

「運が良い人が勝つ」

わけでもない。

状況を読み、選択し、実行する。

その繰り返しです。

だから、

「次の一手を考えることが好きな人」

には、とても奥深いスポーツになります。


では、ボッチャはスポーツなのか?ゲームなのか?

僕ならこう答えます。

ボッチャは間違いなくスポーツです。

ただし、

一般的なスポーツよりも、ゲーム性の比重が非常に大きいスポーツ。

それがボッチャなのではないでしょうか。

そして、

「スポーツ性が50%を下回る」

という見方をすると、

ボッチャがなぜ、

  • 年齢差を超えて戦える
  • 身体能力の違いを超えて戦える
  • 初心者でもすぐ参加できる
  • なのに上級者になると極端に難しくなる
  • 一球ごとの駆け引きが面白い

のかが、少し見えてきます。


ボッチャは「投げる」より「考える」

だから、ボッチャを初めて見る人に、

「ボッチャは白いボールに近づけるスポーツです」

だけで終わらせるのは、少しもったいない。

本当の面白さは、その先にあります。

どこに投げる?

なぜそこに投げる?

相手はどうする?

その次は?

この繰り返し。

だからボッチャは、

「投げるスポーツ」であると同時に、
「一球ごとに未来を選ぶゲーム」

なのです。


最後に

もしかすると、ボッチャの面白さは、

「スポーツなのか、ゲームなのか」

という二択ではないのかもしれません。

むしろ、

スポーツとゲームの境界を行き来すること。

身体で実行する。

頭で判断する。

結果を見る。

また考える。

そして、次の一球を選ぶ。

この繰り返しそのものが、ボッチャなのです。


JAPAN BOCCIA CLUB

ボッチャを、ただ投げるだけで終わらせない。

一球を考える。
相手を考える。
その先を考える。

「ボッチャをする」から「ボッチャを考える」へ。

それが、ボッチャをもっと面白くする一歩なのかもしれません。

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じゃっくまん

JACKMAN

JAPAN BOCCIA CLUB 代表

「たのしそー」から「たのしむへ」それが、最初でした。
投げて、考えて、ときには教えて。
「やってみたら」「できちゃって」
スポーツの見方が変わったり、人との出会いが増えたり、
「うれしかったり」「ドキドキしたり」
今まで気にしなかった「なぜ?」が気になったり。
そして気づけば、
ボッチャに関わることで、世界の見え方まで変わっていました。
「笑顔になったら」「輝いた」
そんな、ボッチャから広がる世界を
じゃっくまん目線で綴っています。

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